ラヴィアン王国物語
アリザムは声を潜めた。

「闇の精霊に、この『世襲』は関係がありません。即ち彼らは元素を攻撃できる資格がある。これを相克と呼びます。ルシュディ様が生まれつき闇の素質を持っていたとしたら、好機を見逃すはずはない。闇だけは妖霊をうじゃうじゃ増やせる。人の悪意が蔓延しているから苗床はごまんとある。人もまた霊的生物。闇をぶくぶくと増やす」
 アリザムの性格の悪さか。それとも、水の素質が強いせいか。アイラはすっかり話に怯えてしまった。

ラティークは何気にアイラの肩を引き寄せてみた。

 アイラは振りほどかず、小さくなって頭をすり寄せたままだ。

 ——好機とはまさに今。アイラの腰に回した腕に力を込めて、唇を開き、深くすくい上げて口づけした。

アイラの舌は蕩けそうに柔らかい。

(歯止めが効かなくなりそうだ)

と思いつつ、夢中になったところで、アリザムの話がピタと止んだ。

砂漠の風の爺が起こす風が一瞬止まったかと思うと、暴風になった。


「じーさん! 何やってんだ!」


シハーヴの怒鳴り声。アイラはふにゃんと声を漏らし、絨毯の上でラティークを押し退かそうとした。

「また魔法かけようとして! 口にいたモノが、あたしを狙い撃ちにしたの!」
「狙い撃ち? 堂々と狙っていいな? 元々、こそこそは性に合わな」
「だーっ! ごちゃごちゃやかましいんだよっ!」

 シハーヴの怒声にアイラと一緒に肩を震わせた。瞬間、浮いていた絨毯のバランスが崩れ


「ふぬー!」

 シハーヴの声と同時に、絨毯は見事に空に舞い上がった。

 ただし、舞い上がったは第一宮殿の絨毯だけだった。人間を全部落とし、身軽になった絨毯は、くるんと格好良く宙返りし、フフンと夜空を美しく飛んで行った。

「もう、なんなの! 砂だらけ!」

 一番に振り落とされたアイラが砂から顔を上げた。

 シハーヴはと見ると、魔力が尽きたのか、ラティークからの失態の怒りに怯えたのか、
 虎に戻って背中を向けていた。


(ランプに戻すべきか迷うな。しかしアイラは「助けてあげて」と言うだろうし)

「ラティーク王子。先ほどの駱駝がオロオロしながらこちらに向かって来ます」

 結局港まであと少しの地点で、白駱駝に乗り換えとなった。

「絨毯が落ちた原因は、貴方でしょうね。絨毯の上がハレムにでも見えましたか王子」

 アリザムの恨み言の前で、風の爺さんが『やっとれんわ。寝る』と帰って行った。
< 60 / 62 >

この作品をシェア

pagetop