ラヴィアン王国物語

★5★
 駱駝に乗ったアイラはむっつりと黙っている。
どうやら先ほどのラティークの行為を怒っている様子だ。
 商人たちのテントがちらほら見え始めた。見ていると、また砂船がサアアと出て行った。

『眠気飛んだわ、いちゃつきよってェ』


と風の爺の声。

 樹海の兆しだ。
 砂漠が終わる。
 埠頭に近づくにつれ、いくつもの船が樹海に止まっている光景が見て取れる。

 港町ラマージャ。海賊も商人も一緒くたに騒ぐ街。 

「ラティーク樣、なにものかが、近づいているようです」

 砂漠の終わりが見えたところで、アリザムが、目を凝らした。駱駝の首に顔を寄せていたアイラも、耳を澄ませた。

「うん、確かに、ザク、ザクと駱駝の足音と砂を擦る音がするわ。歩いてるのかな」

「阿漕な商人だ。夜に移動などして、ハイエナに食われても知らんと言え。それより」

 駱駝に頬を寄せたままのアイラを見下ろした。アイラはラティークより眼の前の駱駝にすり寄っている。実はさきほどから気に入らない。

「駱駝の毛で顔を刺してる。僕では嫌か。温かいし、触り心地も」

 アイラは更に駱駝のもじゃもじゃに顔を埋め、声をくぐもらせた。


「い、いいっ! らくだ、そう、駱駝好きなの! 愛してるの! 駱駝を!」


 ——なんだと? ラティークの前で駱駝が「そうかい、ありがとよ」とにやりとアイラに向いた。(はっ)と思うも遅い。ファ〜と口が開いた。グェフと愛のげっぷだ。

 何とも言えない臭いが立ち篭め、皆、無言になった。アリザムが素早く片手で臭気を払い、小さく咳払いした。

「先ほどから迷惑を被っています。ラティーク王子。さっさとしてください。百戦錬磨の貴女が、王女の強情程度に負けるはずがないでしょうが」

「そうだな。すまないアリザム。——ほら、アイラ、こっちに来い」

 ラティークは涙目で口を押さえるアイラをようやく駱駝から引き剥がした。

 アイラは今度はほっとした表情で、眼を上げ、ラティークの首筋でくん、と鼻をひくつかせて大人しくなった。一騒動を終えた。ハイエナの断末魔が響いた。

「ハイエナが殺された様子だ。どうやら商人ではなさそうだな、アリザム」
「そのようです。ラティーク樣、御身、ご自分で御守りを。剣を手に」



「やれやれ。王子になりたきゃ、いくらでも譲ってやるのにな。アイラ、しっかり捕まって。事情が変わった」
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