3回目の約束
「兄はあたしの唯一の家族だった。」
「…。」
だった、のは嘘じゃない。今はもう、家族になんて戻れない。あの場所に自分は、もういない。全てを振り切りたくて独りになった。
「医学部に3回失敗して、精神的に追い詰められていた兄の虚ろな目を、あたしは多分忘れられない。」
あの日は、酷かった。よくよく思い返せば酷かったのはあの日だけではない。大学に落ちてからは日に日に悪くなる顔色。続く暴飲暴食。睡眠不足。時折感じる視線に、気付かないフリをした。
「あたしは部屋にいた。両親不在。姉は外出中。あの日、あたしは兄に抱かれた。一応、避妊はしてくれたし、妊娠もしてない。その辺は流石にまずいって思ってくれたみたい。」
洋一の顔が歪んだ。歪むとわかっていて、口にした言葉だ。
「色んな不満もあったし、温かい家族への憧れもあったけど、この時完全に捨てたんだと思う。自分は汚いとしか思えなくなった。美海に会うのも、本当は怖かった。」
「松下さんとは高校の時に出会ったんだよな。」
「うん。あたし、すっごい辛辣な言葉をかけたんだよ、最初。美海がへらへらしてるから。」
「へらへら?…想像できねぇ。」
「厳密に言えばへらへらっていうよりは、押し殺した笑いだったんだけど。」
「押し殺したって感情を?」
明季は静かに頷いた。
「美海も家族の中に居場所がないっていう意味であたしに似てたから、美海といるのは居心地、悪くなかった。美海も美海であたしの言葉にへこたれなかった。」
「どんだけ酷いこと言ってたんだよお前…。」
「だって誰に嫌われても良かったんだもん。」
嫌われることに慣れた。もしかしたら、嫌いとかそういうレベルの問題ではなかったのかもしれないけれど、そんなことを考えることにも疲れていた。愛されない自分に、いつか愛される自分を想像することはできなかった。
「でも、美海は傍にいた。それが苦しくはなかった。むしろ、心地よかった。だから、美海は特別。」
「なるほど、それが松下さんが特別の理由か。」
「…。」
だった、のは嘘じゃない。今はもう、家族になんて戻れない。あの場所に自分は、もういない。全てを振り切りたくて独りになった。
「医学部に3回失敗して、精神的に追い詰められていた兄の虚ろな目を、あたしは多分忘れられない。」
あの日は、酷かった。よくよく思い返せば酷かったのはあの日だけではない。大学に落ちてからは日に日に悪くなる顔色。続く暴飲暴食。睡眠不足。時折感じる視線に、気付かないフリをした。
「あたしは部屋にいた。両親不在。姉は外出中。あの日、あたしは兄に抱かれた。一応、避妊はしてくれたし、妊娠もしてない。その辺は流石にまずいって思ってくれたみたい。」
洋一の顔が歪んだ。歪むとわかっていて、口にした言葉だ。
「色んな不満もあったし、温かい家族への憧れもあったけど、この時完全に捨てたんだと思う。自分は汚いとしか思えなくなった。美海に会うのも、本当は怖かった。」
「松下さんとは高校の時に出会ったんだよな。」
「うん。あたし、すっごい辛辣な言葉をかけたんだよ、最初。美海がへらへらしてるから。」
「へらへら?…想像できねぇ。」
「厳密に言えばへらへらっていうよりは、押し殺した笑いだったんだけど。」
「押し殺したって感情を?」
明季は静かに頷いた。
「美海も家族の中に居場所がないっていう意味であたしに似てたから、美海といるのは居心地、悪くなかった。美海も美海であたしの言葉にへこたれなかった。」
「どんだけ酷いこと言ってたんだよお前…。」
「だって誰に嫌われても良かったんだもん。」
嫌われることに慣れた。もしかしたら、嫌いとかそういうレベルの問題ではなかったのかもしれないけれど、そんなことを考えることにも疲れていた。愛されない自分に、いつか愛される自分を想像することはできなかった。
「でも、美海は傍にいた。それが苦しくはなかった。むしろ、心地よかった。だから、美海は特別。」
「なるほど、それが松下さんが特別の理由か。」