ハルアトスの姫君ー龍の王と六人の獣ー
 シュリは本を閉じた。

「…というわけでキース、お前がどれだけ自分を責めようともジアは帰ってこない。集められる情報はおそらくこの程度のものだ。我々魔法使いですら調べることをやめた『アスピリオ』について、人間が深く調べているとは考えにくい。」

 シュリはゆっくりとキースに近付き、キースの肩に触れた。

「その龍が何を考えているのかも、現段階では全くわからん。」
「…ジアに、言いました。妻になれ、と。」
「は?」
「え、えぇ!?ジアちゃんにそんなこと言ったの!?」
「ますますわからんな…。ハルアトスとアスピリオは裏で貿易でもしていたのか?」
「ジアの様子を見るに、初めて会ったという感じでした。外交にはジアも一緒に伺っていると聞いています。その可能性は低いかと。」
「…ふむ、そうすると、ジアを妻とし何がしたいんだ?アスピリオを国として認めさせたい?ハルアトスと外交関係を結びたい?…どれも疑問が残るな。」
「まぁでも、面白くないね、キースとしては。」

 シャリアスは真っすぐにキースを見つめて言った。

「目の前で大切な女の子を奪われたんじゃさ。」
「…ジアは、俺を守ったんです。」
「ああ、聞いていたよ。王との話をな。ジアなら迷いなくお前を庇うだろうな。」
「…俺は迷ったんです。迷ったというよりも、躊躇った…。魔法を使うことを。」
「正しい迷いであり、躊躇であると思う。少なくとも私は。そして、よく我慢した。魔法を王城で使うことは…まだいかん。ジアもそう思ったから、お前を守るために龍の背に乗ったのだろう。」

 キースにとっては肯定するのも苦しい言葉だった。民衆の心を揺さぶる能力を有してしまう自分が今は嫌だ。

「だとすれば、やはりジアは取り戻さなくてはいけません。一個人の感情がないとは言いません。でも、それよりも何よりも、ジアはこの国の希望です。その希望を、一刻も早く…。」
「まぁ、そう急くな。お前の覚悟もわかっているつもりだ。夜明けまであと2時間ある。眠れぬ、というならば強制的に眠りの世界にいざなうこともできるが?」
「…休みます。こんな時間まで付き合わせて申し訳ありません。」

 キースは地図に手をかざした。キースの手に灯った光が、地図の情報を吸収していく。その吸収が終わると、全ての本をもとの場所に戻し、図書室を後にした。

「…失礼します。」

 小さく一礼をして。
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