ハルアトスの姫君ー龍の王と六人の獣ー
 周囲に人がいないことを確認し、キースは呪文を唱え始める。ジアとキースの身体を風が包む。

「…こんなの、前使ってなかったよね?」
「俺も勉強中。これはジアの役に立ちそうだなって練習したんだ。これ、今不可視の状態になってるからバレないよ。」
「すごい!」

 そのままふわりと浮き上がる。足場が不安定な気がして、ジアは思わずキースに抱き付いた。

「初めてだとちょっと怖いよね。くっついてていいよ。」
「…あ、ありがと…。」

 ジアはそのままキースにしがみついた。キースはまた呪文を唱えていた。あっという間に城にたどり着く。

「ジアの部屋は変わってないんだっけ?」
「うん。あの東の塔。」
「わかった。」

 東の塔まで一直線に飛んでいく。慣れてくると景色も見れて楽しくなってくる。

(…魔法の勉強が滞っているのは確か…。あたしもキースみたいに色々試したいのに。)

 ジアの魔力は基本的に『時』にまつわるものに使われるときに最大の効果を発揮する。逆に言えば、魔力をもつキースでも、『時』についての魔法は使えない。ジアの魔力の量を考えれば、学び方次第で他の魔法を使えるようになるだろうというキースの見立てであるのに対し、ジアはなかなか魔法を習得できないでいる。
 ジアがそんなことを思っている間に、東の塔に着いた。窓の鍵にキースが手をかざすと、ガチャリと音がした。

「これでとりあえずはばれないかな。クロハとミア以外には。」
「うっ…二人ともめちゃくちゃ怒ってそう…。」
「多分ね。でも大丈夫。春の宴を成功させればそんなのチャラだよ。」

 キースの優しい手がジアの頭の上に乗った。その優しさに本音が零れる。

「…キース、どんどんできることが増えていくね。」
「え?」
「…あたし、全然勉強できてない。」
「魔法のってこと?」

 ジアは頷いた。

「それは仕方がないよ。ジアはジアの立場で覚えるべきことがたくさんある。なんでもかんでも一気にやるのは難しいよ。それに、あの量の魔力を2年以内で身体にしみこませただけでも相当すごいと思うけどな。」

 それでもキースに追い付きたいと思うのは、自分の高望みなのだろうか。そんなことを思ってしまう。
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