ハルアトスの姫君ー龍の王と六人の獣ー
たった一人の腕の中
― ― ― ― ―

「姫さん、朝やで~!」
「…ラン。」

 ジアの部屋を訪れたのはいつも通りの服装のランだった。

「…なんやその顔は?」
「ラン、あたし、怒ってるんだから。」
「ほんまに大切なやつとひっぺがしたからか?」
「っ…違う!みんなに酷いことをしたこと。あたしの話を聞かないこと。勝手に婚約を決めたこと。全部よ。」
「そんな顔もするんやな、姫さん。」

 ランはにやりと笑って、ジアの顎をゆっくりと掴む。

「なに…!」
「あんなぁ、お前がそんなにいいって言ってるアスピリオが、半分お前のモンになるんやで?」

 そんな風に考えたことがなかった。結婚、というものも国が自分のものである、ということも。

「…アスピリオのいいところは、ちゃんとわかっているわ。この目で見たもの。」
「それを欲しいとは思わんのか?」
「…人も、土地も、…欲しいとかそういうことじゃないと、あたしは思ってる。」
「なるほどなぁ、ま、オレにそういう綺麗事は通用せぇへん。…あいつにも渡さへん。」
「え…?」

 最後がよく聞き取れずに聞き返すが、ランは笑ったままだ。

「姫さんが、初めてや。」
「…何が?」
「この土地に足を踏み入れた、この土地のモンやないヤツ。それで、ええ顔でこの土地を見つめてる。」

 ランの表情が、真っ直ぐなものに変わる。

「それがどんだけ嬉しかったか、わからへんやろ?」

 くしゃっと笑うと、印象が突然幼くなる。その黄緑色の瞳がいたずらに揺れる。

「ま、続き話は後や。しっかり着替えて、最高に綺麗な姿見せたってや。」
「ちょっ…ラン!」

 風が味方をするランの姿は、あっという間に遠くへ行ってしまった。
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