無の王
お店から出てしばらくすると駅の前に噴水がある。


その近くにあるベンチに二人は座り、たわいもない会話をした。



「今日はありがとね。奢って貰っちゃったし、今度は私が奢り返すからねっ」

飛鳥は良い笑顔である。
考えてみたら飛鳥はさっきから良い笑顔…というか幸せの絶頂の様な笑顔しかしていない。

零と会話できた事がよほど嬉しくて楽しかったのであろう。


「良いよ、奢らなくても。奢って貰わなくても充分貴重な時を過ごせたから。」

そう言いながら零は喫茶店で録音していたペン型録音機の事を考えていた。


飛鳥には酷な事だが今の零は録音機の事しか頭にない。

この録音機に金になる美味しいネタがあったら…と考えており、妙にソワソワしている。


飛鳥はいつものクールな零がソワソワしているのを見て「二人っきりだと零くんも緊張するんだ…」と思った。


だが飛鳥の読みは的が外れていた。

だが飛鳥はそんな事知る事はない。



「じゃあそろそろ帰るか。飛鳥は電車か?」

「あ、私は徒歩だよ。家が駅から近いの。」


実は飛鳥の家は駅から徒歩5分のところにある。


「そうか、じゃあ気を付けて帰れよ。変な人には気を付けろよ。」


そう言い駅のホームに歩いていく零。


その零の後ろ姿を見た飛鳥は今日一日で零と距離が縮まったと思い込んでいた。
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