遠すぎる君

ようやく涙を拭いたお母さんが片付けまでやってくれて、私は部屋に入る。

携帯を取り出すと1件メールが入っていた。

いろんな意味でドキッとした。

遼と会ってから一度も思い出さなかった、その人の名前があったから。

『誕生日おめでとう』

先日あんな別れをした私達。
たった一文だけど、これを打って送信するのはどんなに勇気が要っただろう。

岸田先輩の優しさが携帯から感じられるよう。
それと同時に切なさと罪悪感でやるせなくなる。

なんて返事をしたらいいのか……
しない方がいいのか……

どんな言葉も違う気がして、書いては消し書いては消しして、ようやく私が返せた言葉はこうだった。

『ありがとうございます。元気にしています。』

返信があるかと携帯をじっと見つめていたら、メールの着信。
慌ててタップすると
「!……遼っっ!」
なんてタイミング。遼だった。

『誕生日おめでとう。日曜はフライングしてごめんな。』
何よりも嬉しいフライングだった。
『ありがとう!すごく嬉しかったよ!試合、応援にいくから頑張ってね!』
メールならこんなに自然に返すことが出来た。
するとすぐ返信があり、
『サンキュ。ホレるなよ!』

普段の遼からは考えられないセリフが飛び出した。
これは顔を見てないメールだから成せる技なのかな?
クスクス笑いながら私は思う。

もう、惚れてるよ
ずっと惚れっぱなしだよ

携帯をぎゅっと胸に抱き締めると、
制服のシャツの下のネックレスが当たって、カチンと鳴った。

それは、あれきり返信の無かった先輩の胸の痛みの音のようだった。

遼との楽しいやり取りを責められているようで、それきり文字を打つことが出来なくなった。
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