遠すぎる君
「……奈々先輩……」
壁から背中を離して背筋をピンと伸ばした奈々先輩は、深々と頭を下げて「ごめんなさい」と謝った。
「え?」
「私、部長の事は気付いたのに、高坂くんの事は気付かなかった。マネージャーなのに……」
「……あぁ。って俺もそんな違和感は無かったんですよ、最初は。」
「今考えたら、右を庇ってたような動きだった!なんでっ!なんで気付かなかったの!
もっと早く気づいてたらっっ!こんな事には…………高坂くんには来年もあったのに…………うぅ……」
頭を下げたまま顔を手で覆って泣き出してしまった。
当然、俺はオロオロと狼狽える。
そんな俺たちを周りの下校する生徒は皆俺たちを見ていく。
俺?俺が泣かしてる~?!
「あ、あの……奈々先輩……あ~……」
「…………ずっと、見てたのに……」
「…………へ?」
「……ずっと好きだったから、見てた筈なのに……」
ええーーー?
俺が言葉を無くして固まっているように、
周りのやつらもしーんと静まり返っている。
「こんな私が……好きだなんてっっ、言う資格ない……」
泣きながら申し訳なさそうにしている奈々先輩を見つめた。
俺と同じだ。
俺もしおりの側にいる資格がないと思っていた。
ずっと。
俺は姿勢を正して、先輩の目の前に立った。
「奈々先輩」
先輩はまだ顔を隠して、やがてしゃくりあげて泣いていた。
「俺、青蘭でサッカーできて良かった。先輩達とプレーできて楽しかった。でも、どっちにしても今年で辞めるつもりでした。」
ようやく頭を上げた奈々先輩に、使い古しのタオルを差し出した。
部活の時に使ってたやつを習慣で持ち歩いていたやつ。
奈々先輩は戸惑いながらそれを受け取り、涙を拭った。
「俺が次のステップに迷いなく踏み込めるのは先輩達のお陰です。俺は悔いなく前に進める。だから……」
俺も頭を下げた。
「ありがとうございました。そして、ごめんなさい。俺、どうしても、そこに巻き込みたい人がいます。」
頭を上げて真っ直ぐ奈々先輩を見ると、大粒の涙をこぼしながらも真っ直ぐ返してくる視線とぶつかった。
「……うん。……うん。ごめんね……ちゃんと返事してくれてありがとう。」
そして無理矢理のだけれど笑顔が見れた。
「じゃあ、俺、行くんで……大丈夫っすか?」
顔を覗き込んだら、貸したタオルを俺の胸に押し付けてきて、
「もう!そんな優しいことしないで!あの綺麗な彼女怒っちゃうよ!」
「…………えっ!?」
奈々先輩はクルッと背を向けてわりと大きな声で言い放って逃げてった。
「決勝の後、見てたよーだっ!公衆の面前でイチャイチャするんじゃないって!ちなみに皆知ってるからねっ!」