遠すぎる君
チリン
「いらっしゃい」
渋いマスターが俺を今日も歓迎してくれる。
一番奥の席に座り、俺は店員を待つ。
「いらっしゃいませ。……いつもの?」
髪が伸びた店員はにこやかに俺の注文をとる。
「いや……今日はアイスコーヒーで。」
「えぇっ??そんなの飲めるの?無理しないでいいのに。」
「無理ってなんだよ!飲めるっつーの。ってか、客だぞ俺は。」
「そう言うなら私はあなたの先生なんですけど……」
と、参考書をテーブルに置いた。
「東高で使ってるやつだけど。」
「あっ!サンキュ!さっすが東高。さっすが先生。」
「じゃあ私が上がるまで付箋のところ、やっといてね。」
「げっっ!マジか……」
サッカーに一区切りがついてから、俺は毎日しおりに会う。
2年前からずっと我慢していた分を取り戻すかのようにしおりに会いに来ている。
とは言っても、単に俺がしおりに勉強を教わってるんだけど。
しおりのバイトがある時はこの喫茶店で。
バイトがないときは図書館で。
レトロな喫茶店に高校生。
場違いで雰囲気も壊すだろうけど、マスターはいつもニコニコと俺を歓迎してくれるんだ。
マスターいわく、「俺も昔、君みたいだったなぁ。」
ってことは、俺っていつかはマスターみたいに渋い男になれるんだろうか。
いや、なりたいな。
目の前の使い古しの参考書をパラッと開く。
この参考書に書かれている事を一つ修得する毎に俺は1歩近づく。
これを全部解けるようになって、さっき頼んだアイスコーヒーをブラックで飲めるようになったら、少しは困っている君に手を差しのべられるぐらいには強くなれるだろうか。
そうして大学に受かって俺の次の夢が叶えることが出来た時、まるごと君を守るぐらいの強い男になれているだろうか。
参考書を捲っていた手を止め、
「よし!」
と、ペンケースとノートを出して説き始めた。