遠すぎる君
短期講習を終え、自宅近くの駅につく。

あと一ヶ月ちょっと。
高校生になれるかどうかが決まる。

遼に会わない日が続くと
心の平静が戻ってくる。
あの心のアップダウンの激しい毎日は
体に悪い。
今は集中して勉強できた。

最後の角を曲がってようやく門扉が見えてきたとき
静かだった胸が早鐘を打ちだした。

壁に寄りかかるグレーの自転車
そこに佇む制服の…

遼だった。

遼はすぐ私に気付き
私は足を止められず

「しおり…」という懐かしい声で
ようやく立ち止まった。

久しぶりに目と目が合ったのがすごく嬉しかった。
告白してくれた時を思い出してドキドキした。

「遼………どうしたの…?よく家がわかったね…」

「あ、うん…年賀状に書いてあったから…ナビで…
ごめん。こんなとこまで…」

ううん。すごく嬉しい…

声を出さずに笑った。
遼はほっとしていたみたい。

これからどんな話になるのかわかってるけど
この瞬間がとてつもなく大切に思えた。


私たちは暗くなってしまった公園の自販機の前のベンチまで歩いた。

そこにしばらく黙って座っていた。

公園は昼間とは違い
怖いぐらいに静か。
久しぶりに肩を並べている緊張感と
透き通った空気で
喉はカラカラになっていた。

鞄の中に入れている水筒を取り出し
一口飲む。
ごくりと喉から音が鳴り、恥ずかしくなって
遼にも
飲む?って聞こうと思ったら

「青蘭、辞めるのか?」

持っていた水筒を両手で握りしめる。

その話か…

別れ話か外部受験の話 
どちらかだと思っていた。

「うん。…知ってた?」

出来る限りの笑顔でエヘヘと笑う。

遼は前にあるブランコをじっと見てる。
「松井に今日な…
…なんでか聞いてもいいか…?」

「それは美幸に聞かなかったんだ?」

「あぁ…うん。自分で聞けって。
個人情報なんだってよ…」

美幸らしい。思わず吹き出した。

結局自分では行動に移せず
親友の力で遼と話すことができてる。

美幸はすごいな…
このもらったチャンスを無駄にしちゃダメだなと思う。

「実は親が離婚することになって…
私はお母さんと暮らすんだけど
どうも青蘭に通える余裕が無さそうなんだよね…」

ほら、私立って高いし~

なんてこと無いように言う。 

「お父さんも特別高給取りって訳でもなかったし
…彼女がいたみたいで。
ほんと、どうしようもない父親だよね~」

遼は目線を下げて膝に置いた自分の手を見つめている。

「公立で自宅から自転車で通える範囲の高校があんまりなくて、
ちょっとレベルの高い東高を狙ってるんだ…
だから今猛勉強中。
こんなに勉強したの、初めてだよ~」

他人事みたいに明るく話す。
でないと、何も言わない遼の姿に泣いてしまいそうだから。

「…ごめん。邪魔してるよな。」

…そんなこと言ってほしいんじゃない。

「…っ!」
言葉に詰まりブワッと涙が込み上げる。

泣いちゃいけない。
まだなんにも話してないから泣いちゃいけない!

私は涙を沈めようと
深呼吸をして心を落ち着かせた。
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