遠すぎる君

手元に合鍵がある。

4月にこの町から出ていって一人暮らしを始めた岸田先輩の部屋の鍵。

『いつでも来ていいから』

そう言われて早3ヶ月。

「どうしよう……」

返さないと……でも返すには先輩ときちんと話さないといけなくなる。

こんなに大事なものを私に預けてくれた岸田先輩とこのまま無かったことにしてはいけないんだ。

これはもう一ヶ月以上考えていること。行動には全然移せてないけれど。

生ぬるい風が吹いてきて、じっとしてても汗ばんでくる季節。
私は二年前の事を思った。

あの時も、ずっと遼からの連絡を待ち続けて……
家族の事で心も折れて、いろんな事から逃げるように勉強に打ち込んだ。
今は確かに進学校にいる為に、勉強は疎かにできない。
だけど、就職希望の私は昔みたいに成績にこだわる必要はあまり無い。

ただ、岸田先輩から連絡が来るのを待ちつつ、時間が経つのを望んでいるんだ。

誕生日に連絡がなかったらどうしよう。

二年前とは違う気持ちだ。

先輩に「会おう」と言われるのは心苦しいけど、その意味が「別れよう」なら少し……いや大いにホッとするんだろう。

そこまで考えてハッとした。

私、何を考えてた?
なんてひどいことを……こんな最低だった?

自分の浅はかな考えにドキドキと速まる心臓を、ぎゅっと押さえる。
その心臓がようやく落ち着きを取り戻すとハァーと息を吐いた。

既に答えは出ている。私の中で。
だったら待つのは止めよう。
このまま憂鬱な誕生日を過ごしたくない。

きっと先輩も私以上に憂鬱な日々を送っていると思うから。

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