遠すぎる君

ピンポーン

「はい。」

カメラに向かって俺は懸命に話す。

「あ、あの!夜分にすみません!俺っ高坂と言いますっ!しおりさんは……」
ガチャッと玄関が開いた。
「あら?あなた……」
「あ!こ、こんばんは……あの、俺、しおりの……いや、しおりさんの中学の同級で……」
「あぁ!もしかして昔も来てくれてなかった?」
「へ?」
「家の前で待ってたでしょう?卒業前……長いこと待ってたから近所の人に冷やかされたわぁ。」
と朗らかに笑ったこの人は、しおりに声が良く似ていた。

「す、すいません!」
「いいのよ~家まで来てくれる男の子がいるなんて、しおりったらやるわね~」
「いや、そんな……その……」

俺の耳はきっと真っ赤だろう。もう恥ずかしくて隠れたい気分だった。

「あの子ね。バイトなのよ。8時までだからちょっと時間あるわね。上がって待ってる?」
「えっ?!いや、あのまた来ます!い、いや……もしかして喫茶店ですか?」
「知ってるの?東校の近くの……」
「は、はい!わかります……あの、行ってみます!」
「そう?気を付けてね。」

「ありがとうございました!失礼します!」

腰を90度曲げて俺は自転車に股がった。
そして慌ててペダルを漕いだ。

頭の中は沸騰中。

好きな女の子の母親に冷やかされるのは俺には耐えられない。
一目散に逃げ出した。

しおりの母親が、
「う~ん。今時珍しい純朴な少年だわ。」
と微笑んで見送ってたのは俺は知らない。
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