遠すぎる君
あの時みたいだ。
違うとすればこの蒸し暑さ。
真冬だった前回とは空気の透明度も違う。
そして完全な暗闇ではなく、沈んでしまった太陽の光がわずかに残っている。
俺は自転車を入り口辺りに止めた。
そしてしおりの後ろにゆっくり付いていった。
ブランコに座って、小さく揺れているしおりを見ながら
その前にある柵にお尻だけを乗せて座った。
しばらくブランコの揺れを楽しんでいたしおりが小さく言う。
「前と同じだね。誰もいない。」
しおりは俺と同じ事を考えていた。
「ここで……別れたよね。」
それは口に出してほしくなかった。
ここはそれでなくても辛い記憶が襲ってくる場所なのに、直に言葉にされるとその記憶に捕らわれて……動けなくなる。
公園に入る前までは、まるで付き合ってた頃のようだったのに。
無理にでも違う場所にするべきだった。
辺りは暗くなっていく。
俺達の間にも幕のように暗闇が降りてくる。
しおりはブランコを揺らさなくなった。
俺はこの沈黙をどうにかしたく身動ぎした。
柵に座り直した時、チャリ……と小さな音が聞こえた。
銀のイルカのネックレス
お前が俺に勇気をくれるのか?
俺はポケットに右手を入れて、それをそっと触った。
すると、指先から俺のチキンな心臓に向かって本当に勇気が沸き上がってくるかのようだった。
「しおり、試合見に来てくれないか?」
暗闇と沈黙の中での俺の突飛もない発言に驚いたしおりは顔を上げた。
俺は腰を上げてしおりの前に立つ。
近づいた分だけ顔がはっきり見える。
なんで、近付かなかったんだろう。
今までずっと、目を背けるか遠巻きに見てばかりだった。
面と向かって近付けば、
こんなにハッキリとしおりの表情が見れたのに。
こんなに凛として、でも切な気な顔をしてる。
俺達は見つめ合ってる。
恥ずかしさと後ろめたさがあるのは前と同じだけど、
もう目は反らさない。
俺は今はチャレンジャーなんだ。
失うものなんか無い。
行け、俺。