あなたが私にキスをした。
「はじめまして、ボクはイオリと申します。トキワくんとは大学で同級生だったんだ」
「はじめまして、トーコといいます」
トーコは律儀な挨拶をした。
僕は、このイオリという男が苦手だ。
彼は両親ともに芸術家で、彼はいわば芸術界のサラブレッドなのだが、なぜか僕を目の敵にしているらしく、なにかにつけて挑発してくることが多かった。
「イオリさんも、彫刻家なんですね」
とトーコが言うと、イオリはわざとらしく高笑いをしてこう答えた。
「イオリさん『も』?それは、僕だけでなく、そこにいる男のことも彫刻家だと、そう言いたいのですね」
イオリは僕を指差して言った。
「え、えぇ…」
「いかにも、僕は彫刻家と名乗るだけの実績と経歴があるでしょう。だけどね、お嬢さん。その男は彫刻家と呼ぶにはふさわしくない。『美大の講師』の間違いでは?」
イオリの言っていることは一理ある。
僕は彫刻家としての活動だけでは生活することができないので、美大で臨時講師を勤めている。
今の生活を支えているのは、ほとんどがそれで稼いだお金だった。
だけど、それは他人にとやかく言われることじゃないし、とても気分が悪かった。