あなたが私にキスをした。

なんだ、こんな簡単なことだったのか。

ずっと兄貴を憎いと思っていた。だけど、問題の根源は兄貴ではなく、自分自身のなかにあったんだ。

そんなことにも気がつかなかったなんて。



「…じゃあさ、兄貴。『この際』ついでに聞いてもいいか?」

「おう」

「今、兄貴が好きな人は、レイカさん?





 ――それとも、トーコちゃん?」







まいったな、と兄貴は呟いた。



「わからないんだ」

「…わからない?」

「カッコ悪いよな、でも今は本当にわからくて、自分でもこまってるんだ」



兄貴の口から『わからない』という言葉を聞いたのは初めてのような気がする。

だけどべつに、カッコ悪いとは思わなかった。

むしろ、あぁ兄貴も人間だったんだな、なんて当たり前のことを考えて、なんだか嬉しかった。




「二股じゃねえか、最低だな」

「そうなんだよなぁ。でもそんなにはっきり言われるとさすがにへこむなあ」

「しかもロリコンじゃねえか、へこんでろ、変態」

「…病人をいじめるのはやめてくれ」




こんなふうに、兄貴と兄弟らしい会話をするのはいつぶりだろう。

長い間ずっとつかえていたものが、急にすっと消えていった気がする。

< 60 / 109 >

この作品をシェア

pagetop