あなたが私にキスをした。

「あの、レイカさん」



寝室で荷物をまとめているレイカさんに、恐る恐る声をかけてみる。振り返った顔を見て、少し驚いた。目が、赤かったから。

ほかの人を好きになって別れても、やっぱり別れは悲しいものなのだろうか。



「あ、あなたトーコさんよね」

「はい」

「イオリさんから、話は聞いているわ」



レイカさんはそう言って笑った。優しい笑顔だった。



「まさか、私がいるからトキワと別れようと思ったんじゃ」

「ちがう。むしろ、あなたがいてくれてよかったと思っているのよ」



服をひとつひとつ、たたみながらバッグにしまいこんでいく。

まるで思い出も一緒に封印しようとしているかのようだった。




「彼のことをよろしくね」

「でも、私は…」



私は、普通の人間じゃない。

トキワのそばに、いつまでいられるかもわからないのに。




「あなたなら大丈夫、あなたはまっすぐな愛をもっているもの」


 
穏やかに言うレイカさんの口調には、なにか決心のようなものが感じられた。


< 68 / 109 >

この作品をシェア

pagetop