あなたが私にキスをした。
会場に向かう電車の中で、スケッチブックに図面をもう一度描きおこす。
短時間で仕上げなければならないので、細かいところはおおまかにしか描けないが、ポイントになる部分だけでもしっかりと描いておかなければ。
以前の僕だったら、簡単にあきらめていたかもしれない。
思えば、トーコに出会うまでの僕はとても保守的で、受け身な人間だった。
それをよく「優しい」と言ってくれる人がいたけど、それは本当の意味での「優しさ」ではなく、傷つきたくない僕の「弱さ」だったのだと思う。
レイカを失って、その現実から逃げるように彼女を掘り続けていただけの弱い自分。
だけど、
トーコに出会って、まっすぐに誰かを愛することを知った。
彼女はなにも欲しがらず、ただまっすぐに僕を想ってくれた。
僕の傷みを自分のことのように悲しんで、僕のことを誰よりも信頼し、いつだって僕のために身を削ってくれた。
本当の「優しさ」を教えてくれた。
だから、僕も返したい。
いつも傷つけてばかりだったから。
そのためなら、何があっても怖くないと本気で思える。
人を愛すると、自分が弱くなるような気がしていた。
ちょっとしたことで、傷ついたりへこんだり。
だけど本当は反対だったんだ。
誰かを本気で愛したとき、その人のためならどんな痛みも困難もたいしたことではなくなるんだ。