あなたが私にキスをした。
「僕と、つきあってくだい」
不器用なトキワが、私にそう言ってくれたとき、涙がでるほど嬉しかった。
飾り気も、ひねりもないまっすぐな言葉。
だけど、それがトキワらしいなと思ったの。
大学を卒業して、私たちはトキワの祖父が生前暮らしていた古い家を借りて、同居を始めた。
そこですごした時間は、夢みたいに幸せで、こんな時間が永遠に続けばいいと、本気でそう思っていたんだ。
私は小学生相手に絵画教室をするようになった。
たいした収入ではなかったけど、楽しく仕事ができていた。
トキワはというと、最初は芸術家として、ひたすら作品作りに専念していた。
だけどそう上手くはいかなくて、彼の才能がなかなか日の目を見ることのないまま、時は流れていった。
もちろん、生活はだんだん厳しくなって、トキワは非常勤で大学の講師を勤めるようになっていた。
そんなふうに少しずつ、芸術家としての道から彼が遠ざかっていくのを見ているのは、とても怖かったんだ。
だけど同時に、彼と家庭を築きたい。
そんな思いもあった。