あなたが私にキスをした。





大会2日目。

どの参加者の作品もだいたいの形が切り出されて、いよいよ細かい部分へと作業が移っていく。私は、トキワがこの工程を行っているところを見ているのが、とても好きだった。

まるで、いのちを吹き込むように、丹念に仕上げられていく作品たち。




…だけど、違うな。




イオリが平ノミをつかって、彫り進めいていく姿をぼんやりと見つめながら、私はそう思った。

イオリの足元には、私はトキワの家から盗んだ図面が置かれている。




ふしぎ。

同じ図面を使っていても、彫る人でこんなにも作品の表情は変わるんだ。




きっと、トキワだったらこんなふうには彫らない。

たしかにイオリは、とても腕のいい職人だと思う。

だけど、彼は「芸術家」ではない。

私から言わせてもらえば、彼はただの「デザイナー」だ。



彼の作品はたしかに精巧で美しい。

だけど、そこに命を感じない。



イオリの作品には、心に響いてくるものが、ない。




イオリに「トキワの図面を盗め」と命令されたとき、なぜ彼の作品が心に響かないのか、はっきりとわかった。

彼は、ただ図面を氷の上に表現しているだけで、そこに彼自身の想いがないからだ。




だから、他人の図面で作品を作ることに抵抗を感じないのだろう。

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