ミルト


俺の母は
仕事に戻った。


姫喜の家族は
誰も来ていない。






病室には
俺と姫喜だけ。


静かすぎる部屋で
本当に息しているのか心配になる。







何度も何度も確認して
ホッと胸を撫で下ろす。











「…あ、すか」















微かな彼女の
声がした。

顔を振り上げると
目を閉じたままの彼女がいた。








「…ば、か」











ゆっくりゆっくり
瞼が上がる。



俺は急かす理由もないので
その時を待つ。








瞳が完全に
見えた。



俺は冷静になって、
ナースコールを押す。








「…あすかのば、か」








こいつは
俺の顔を見て笑いやがった。


ニヤリと、
実に嬉しそうな顔で。









「…いや、
ほんとゴメン。

ネギがないだけで
あんなに取り乱すとは思わなくて…」







自分は一体何を
謝っているのかわからない。



事故させたのは事実だし、
目の前で事故を見てしまった。








「…わたしを、
なめたらダメだ…よ」








看護師さんが
入ってきたとき、

彼女はまた
目を閉じた。






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