years
誰もいないシンとした家。
2人だけだった。
いつも誰かが来たり、下に親御さんがいたりしたけど、その日は完全にいなかった。
自由に一階の居間で過ごせて、基本的に快適なその家は、心地良い空間だった。


ふいにキッチンを見るとトレイに焼いたクッキーが置いてある。
クッキー、おばさんが作ったの?と彼に聞いた。
すると「なんとなく食べたくなって作ったが、どうも上手くいかなかった、母親はこういうのは作れない。」と彼が言う。
衝撃の発言だった。
きれいなクッキーで、上手だったからだ。
その口振りから、どうも普段から料理をするようだ。
そのとき、数年の付き合いを経て初めて彼の趣味を知った。
隠していたのかもしれないけど、彼がそういう一面を見せたことは明らかな変化だ。


食べてみたいと言うと、おもむろに「出来上がりの保証は出来ないぞ、ほら」と言ってクッキーが口に入れられた。
息が止まりそうになった。
そんなことをするような彼ではなかったからだ。
今までそんなことされたこともない。
固まっているわたしを横に、一緒にクッキーを食べた彼は「しまった、固い、失敗だ」とぼやいている。
カントリーマァムのようなものを作りたかったようだ。


関係性が動いてきたように感じる。
今までは振り払われないように私から必死に追いかけていたけど、彼がこちらを振り返るようになったような気がした。


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