水平線にとどく唄
 その日の夜も奇麗な月が空に浮かびました。
 嵐の夜から今まで、安心して体を休ませることができなかったクウは、いつものようにお母さんの隣で丸くなって寝ようとします。
 すると、そこにお父さんが近づいてきました。

「クウ、人間と会ったのだろう」
 いつもとは違う、こわいお父さんの声です。
 クウは怒られてしまうと思って、首を横に振って「会ってないよ」と言いました。

「人間に治療してもらっただろう。そしてその首にあるのは人間からもらったものではないのか?」
 お父さんに言われてクウは慌てました。
 そうです。足に巻かれた包帯や首にかけられた布は、誰が見ても人間のものだとわかってしまいます。
 クウはそのことをすっかり忘れていたのです。

「クウ、あれほど言ったのに。どうして人間に近づいたの」
 お母さんもクウを怒ります。
 そんな、お父さんとお母さんを見て、クウは悲しくなりました。
 そして、思わず、お父さんとお母さんにむかって叫びました。
「人間は悪い生き物じゃない。シャロンはそんな子じゃないよ!」
 クウの声に驚いてみんなが見ます。けれどお母さんは違いました。

「人間にはたくさんの仲間が殺されたと言ったでしょう。悪い生き物なのよ。あなたはそれを知らないだけ」
 クウはなにも知らないのは、お母さんじゃないかと思いました。
「シャロンはいい子だよ。僕を信じてくれない、お母さんなんて大嫌いだ!」
 シャロンが怪我を治療してくれて、帰り道を教えてくれなければ、クウは家に帰ってくることができなかったはずなのです。

 悲しくて悲しくて、クウは家を飛び出しました。
 お母さんが呼ぶ声が聞こえてきましたが、クウは暗いなか、森に入ったのです。
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