【掌編集】数奇屋の話
翌朝、俺はいつもの頭痛に悩まされることなく駅構内で電車を待っていた。
まずベンチに座っていない俺を見て、晴樹が驚いた顔をする。今日は手も振って挨拶することができるほどだ。憑きものが取れたような清々しさがあった。
「あ、着信音変えたよ。まさか怨念をこめた曲だとはね。俺も何人かに教えといた」
「怨念というか、私怨だろうな。昨日の事件を思い出してぞっとしたよ」
晴樹に話すと、向こうから美由紀が駆けてくるのが見えた。携帯を片手にしている。近づいてきても頭痛はしない。曲も変えられていた。
「メール見て驚いちゃった。これが人気っていうのも変だって感じたし変えたよ。それにしても、自殺して呪いでって……いじめられるほうにも原因があるって感じだね」
「それあるかもしれないな。友人って生きているのかな。霊にとり殺されていたりして」
「いわく付きのものはよく聞くよね。ある絵画を持っていたら火事になるとか、ある宝石を身につけたら不幸になるとか」
美由紀の話を聞いて恐怖を感じた。そんなことまで考えていなかったからだ。物品なら特定の人物だけ被害に遭うが、着信音は別だ。不特定多数が被害に遭う危険があるのだから怖い。
「そういえば頭痛治ったのか? 今日は元気そうだよな」
晴樹が俺を見て言う。頭痛が携帯の着信音と関係があったのなら、もしかするとと思う。
騒ぎも収まりほっとした俺は、あることを思い出した。
「なあ、そういえば美由紀さ。昨日、授業前に――」
卒倒しそうになっていた美由紀の顔。あれが忘れられなかったのだ。
そして今も、美由紀の顔が蒼白になっているのに気づいた。
「私の曲を嫌わないでよ……」
どこからか声が聞こえた。あの女の声だ。途端に激しい頭痛がしはじめる。
何でだ。曲は鳴っていないのに。
が、遠くで携帯の着信音が鳴っているのに気づいた。通勤中のオーエルの携帯だ。
「ねえ、私の作った曲。いいでしょ……」
晴樹も体を震わせながら後退りしていく。そして叫んだ。
「変なこと言うなよ!」
変なことって何だ?
頭痛で意識が朦朧とする中で考えようとするが、思考が回らない。
しかし、手だけは動いている。それも俺の意思に反して。学生カバンを開けて何かを取り出す。
「ねえ、そんなに私の曲を嫌わないでよ……」
途中でようやくわかった。これは俺の口から出ている声なのだと。
脳内で流れている軽快なリズムが高音質に切り替わる。生温かい息遣いを背後に感じた。
振り返ってはいけない。絶対に。
その意思に反して体が動いてしまう。
嫌だ。やめてくれ。
目の前に蒼白い顔と血走った眼球があった。
頭痛はひどくなり俺の手が動く。包みから刃物が取り出されたところで何も見えなくなった。
闇の中で晴樹と美由紀の悲鳴が聞こえ、右手に嫌な感触が伝わっていた。
(終わり)
まずベンチに座っていない俺を見て、晴樹が驚いた顔をする。今日は手も振って挨拶することができるほどだ。憑きものが取れたような清々しさがあった。
「あ、着信音変えたよ。まさか怨念をこめた曲だとはね。俺も何人かに教えといた」
「怨念というか、私怨だろうな。昨日の事件を思い出してぞっとしたよ」
晴樹に話すと、向こうから美由紀が駆けてくるのが見えた。携帯を片手にしている。近づいてきても頭痛はしない。曲も変えられていた。
「メール見て驚いちゃった。これが人気っていうのも変だって感じたし変えたよ。それにしても、自殺して呪いでって……いじめられるほうにも原因があるって感じだね」
「それあるかもしれないな。友人って生きているのかな。霊にとり殺されていたりして」
「いわく付きのものはよく聞くよね。ある絵画を持っていたら火事になるとか、ある宝石を身につけたら不幸になるとか」
美由紀の話を聞いて恐怖を感じた。そんなことまで考えていなかったからだ。物品なら特定の人物だけ被害に遭うが、着信音は別だ。不特定多数が被害に遭う危険があるのだから怖い。
「そういえば頭痛治ったのか? 今日は元気そうだよな」
晴樹が俺を見て言う。頭痛が携帯の着信音と関係があったのなら、もしかするとと思う。
騒ぎも収まりほっとした俺は、あることを思い出した。
「なあ、そういえば美由紀さ。昨日、授業前に――」
卒倒しそうになっていた美由紀の顔。あれが忘れられなかったのだ。
そして今も、美由紀の顔が蒼白になっているのに気づいた。
「私の曲を嫌わないでよ……」
どこからか声が聞こえた。あの女の声だ。途端に激しい頭痛がしはじめる。
何でだ。曲は鳴っていないのに。
が、遠くで携帯の着信音が鳴っているのに気づいた。通勤中のオーエルの携帯だ。
「ねえ、私の作った曲。いいでしょ……」
晴樹も体を震わせながら後退りしていく。そして叫んだ。
「変なこと言うなよ!」
変なことって何だ?
頭痛で意識が朦朧とする中で考えようとするが、思考が回らない。
しかし、手だけは動いている。それも俺の意思に反して。学生カバンを開けて何かを取り出す。
「ねえ、そんなに私の曲を嫌わないでよ……」
途中でようやくわかった。これは俺の口から出ている声なのだと。
脳内で流れている軽快なリズムが高音質に切り替わる。生温かい息遣いを背後に感じた。
振り返ってはいけない。絶対に。
その意思に反して体が動いてしまう。
嫌だ。やめてくれ。
目の前に蒼白い顔と血走った眼球があった。
頭痛はひどくなり俺の手が動く。包みから刃物が取り出されたところで何も見えなくなった。
闇の中で晴樹と美由紀の悲鳴が聞こえ、右手に嫌な感触が伝わっていた。
(終わり)