冴えない彼はメガネを外すとキス魔になります!
店を出た後、国道で進藤がタクシーを拾おうとしている。


「電車だと危ないからタクシーで送ります。」


「危ないっていうほど、飲んでないよ。」

私は平気平気!と、手をヒラヒラと振ると足元がふらついて よろけてしまった。


「危ない!」

進藤が私の腕を掴んで転ばないように引き上げてくれた。


「ほら、言わんこっちゃない。」

と呆れた顔でその腕をグッと引き寄せ、私を軽々と自分の胸の中へ納めた。


お酒のせいもあって抵抗することなく、進藤の胸の中に収まる。
進藤の息づかいが心地良い安らぎをくれる。
進藤が動かないことに疑問を感じ、顔を上げて進藤の顔を覗き込む。


「夏希さん…なんて顔をしてるんですか。
はぁ…まいったな。」

と言って停まったタクシーにその言葉の意味がわからないままの私を乗せた。
進藤が運転手に告げた行き先は、私のマンションとは違う場所。
進藤は私の手を握ったまま、真剣な顔でまっすぐ前を向いていた。


「夏希さん、このまま僕の家に行きます。
夏希さんにその気が無いなら、今すぐ僕が降ります。」


強引なのか、そうでないのかわからない進藤の言葉は私次第でこの関係を前進させることも後退させる事も出来る。
私は黙ったまま、繋がれている手を握り返した。


その瞬間、進藤が私をみつめて来る。
私も目を逸らさずにみつめ返す。
進藤が息を飲んだ後、ふっと笑う。
メガネの奥の瞳が少し潤んで見えた。


「やっぱり、反則…そんな目で見られたら。ズルいよな。」


車内と言う密室、夜の街並、お酒の力に、もしかしたら流されているのかもしれない。
それでも進藤と一緒にいたいと思ってしまう。


タクシーに乗って20分ほどで進藤のマンションに着いた。
その間、私達はずっと手を繋いでいた。
タクシーの中は二人とも無言だった。





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