冴えない彼はメガネを外すとキス魔になります!


「どういうことよ、
進藤くん、夏希ちゃんと付き合ってるんでしょ?」

玲奈がヒステリックになってる会話の中にいきなり自分の名前が出て来て背中がイヤな汗で滲む。
望美さんも大木さんもじっと下の会話を聞いている。



「進藤くんに夏希ちゃんを誘惑してって頼んだ時には乗り気じゃなかったのにね。
結局、こう言うことになったんだ。」

ふふんと鼻で笑いながらも玲奈がいらだっている様子がわかる。
進藤の声はまだ聞こえない。
でも会話から推測できる。
間違いなく、そこには進藤がいるって。




「なのに、どうして土曜日に成二くんと夏希ちゃんが一緒に帰ってるのよ?
進藤くん、なにやってたのよ、まったく!」

普段、みんなが知ってるかわいらしい玲奈の口から出ている言葉とは思えない。




「それは平岡さんに直接聞いたらどうですか?」

進藤の声は低く冷たい。



「成二くんと夏希ちゃんが復活しちゃったら、私、困るんだけど。
進藤くん、しっかり夏希ちゃんを見張っててくれない?」

見張ってる?進藤が私を?
どういうこと?



「そんなに自信がないんですか?
そりゃそうですよね、姑息な手を使って夏希さんから平岡さんを奪ったんですから。」

進藤、なにを言ってるの?
私の中でどんどん膨らむ猜疑心。

進藤は何もかも知ってたってこと?
私と成二が恋人同士だったことも玲奈が私から成二を奪った時のことも。
それに玲奈ともこんな会話をする仲だったの?



「進藤くんだって、
夏希ちゃんに近寄ったのは同情からでしょ?
成二くんが夏希ちゃんの話をするたびに『かわいい彼女ですね』とか言っちゃってたし。
 
私が成二くんと付き合うとわかったら『可哀想』ってずっと言ってたじゃない。
なら、進藤くんが幸せにしてあげたらって私が言ったらホイホイ近づいちゃって。」


私は体中の血が引いていくのを感じた。
なにを言ってるの?
進藤が私を可哀想って思ってたって。
同情で近寄ってきたって。

私の顔色がおかしい事に気が付いたのか、望美さんが私の肩を抱く。


「だって…
同期の二人から裏切られたんですよ。可哀想と思うのは当然じゃないですか。」


「だから同情だって言ってるのよ。」


めまいがした。
足下がふらついてバランスを崩した私を望美さんと大木さんが慌てて支えてくれた。
と、同時に大きな音を立ててしまって下にいた二人が慌てて私達を見上げた。


玲奈は両手で口を塞ぎ、あたふたと狼狽える。
進藤の顔は見えない。
けれど、一瞬、動きが止まったその見慣れた人影は、すぐに階段を足早に登ってくる。
大きな音だけが響いている。


私の体が強ばっていることに気が付いたのか、望美さんが私の背中に手を添えて、非常階段からビルの中へと押しやった。


大木さんが無言で進藤に「来るな」と手を挙げたのだけが見えた。
人影がピタっと止まり、同時に音もしんと響かなくなった。
その後のことはあまり良く覚えてない。
午後の仕事はただ時間だけをやり過ごしていた。






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