冴えない彼はメガネを外すとキス魔になります!


「どこから話しましょうか?」

やっぱりどこか強気だ。
そもそも私が気分を害したのは、非常階段で話す玲奈との会話だった。
玲奈は同情で進藤が私に近づいて来たと言っていた。




「進藤は玲奈から…」

私が言いづらそうに言葉を濁していると




「同情で夏希さんに近寄ったと?」

うつむく私とは反対にグッと視線を近づけて来るのがわかる。



「小沢さんに命令されて夏希さんを好きになったとでも?
本当にそう思ってるんですか?」

私に考える時間を与える。
そんな事は思ってない。思いたくない。
けど・・・
自信が無くて逃げ出したかった。
なんて言えるわけもなく、首を横に振るだけで気持ちを伝える。




「小沢さんの一方的な話だけ聞いて僕を避けて、まったく・・・困った人だ。」

進藤の声は呆れていた。



「ごめん。」

ごもっともです。




「でも、もう大丈夫。
大木さんから少し聞いたから。
というか、望美さん経由で大木さんの話を聞いたから。」

本当は望美さんからは本人からちゃんと聞いた方がいいとしか言われてない。




「はぁ?
人づてで僕の気持ちを聞いて納得する気ですか?」

進藤、怖いよ。なんで怒ってるの?




「だってめんどうでしょ?いちいち説明するの。」



「はぁ…」

今度のため息はかなり大きい。
進藤が更に呆れているのがわかる。




「僕が平岡さんと夏希さんが付き合ってる事を知ってたのは、確かに設計部に異動してくる前からです。」

進藤はこれまでの経緯をきちんと順を追って話す。
玲奈が最初から成二狙いで飲み会に参加していたこと、
自分は邪魔者にされて、いつも先に帰らされていたこと、
それが玲奈の策略に加担してしまったと思ってること、
ちゃんと進藤の言葉で、進藤の口から聞いた。
進藤からの言葉は、私に安心感を与えてくれた。





「平岡さんからは、いつも惚気話を聞いていました。
意地っ張りなのに泣き虫で、曲がったことが大嫌いですぐ人のために動いてしまう。
好きな音楽が聴こえてくると、その音に浸って声をかけても没頭しちゃう。
しっかりしてるように見えて案外おっちょこちょい。見ていて飽きないんだよね。と何度も惚気られました。」

私はハッと我に返った。
成二が私のことをそんな風に言ってたなんて。




「そんな彼女を大好きだってわかる平岡さんもすごくステキでした。
2人が羨ましくもあり、憧れでもありました。
その彼女が夏希さんだと教えてくれたのは小沢さんです。」

進藤は何かを思い出しているように、遠くを見ていた。



「平岡さんと小沢さんが婚約したと聞いて驚きました。
と、同時に夏希さんの事が一番に気になりました。」

進藤は成二と玲奈がどうやって結婚まで話が進んでしまったか、詳しくは知らないと言っていた。
たぶんそれは本当のことだろう。
2人があえて話すこともないだろうし、進藤も聞こうとしなかったんだと思う。




「時々・・・
夏希さんのことを設計部に見に行っていました。同情と言われたら否定はできません。」

同情という言葉に眉をひそめた。




「でも、それ以上に夏希さんのことが心配でした。」

まだ私が進藤と出逢う前の話だ。
進藤に心配して貰う筋合いもないけれど、なぜか暖かい気持ちになりイヤな気持ちにはならない。




「というのは、設計部に夏希さんを見に行く口実でした。
僕は夏希さんにどんどん惹かれていきました。
でも声をかける勇気もないし、姿を見ているだけで良いと思っていたんです。
もちろん毎回逢えてた訳じゃなかった。
運良く逢えた時はラッキーな一日だと思ってました。」



「ストーカーみたいだね。」

私は照れ隠しで思ってもいないことを口走った。




「ホントですね。
今、考えると怪しいし危ない。
けれど、それくらい夏希さんが気になって仕方がなかった。

しばらくしたら設計部が人員を社内公募で募集していたから僕はすぐに応募しました。」




「企画部から設計部なんて、畑が違うのになんで?って思った。」




「僕は元々この会社に骨を埋める気はないので、いろんな職種を経験したかったから好都合でした。」

さらっと重大な事を言ってる気がして、もう一度、頭の中で進藤の言葉を繰り返してみる。




「会社に骨を埋める気がない?」




「はい。
あ、話していませんでしたっけ?
将来は早瀬デザイン事務所で仕事がしたいんです。
本当は大学卒業して、すぐにでも早瀬で働きたかったのに、隆之介さんが一度は社会に出て修行して来いって。

最初は無駄な時間かと思いましたが、今はこの何年かがとても勉強になってると思ってます。
組織のあり方とか、人間関係とか。
 
あ、隆之介さんには逢ったことがありますよね?」

早瀬龍之介さん。
一度、このマンションで逢った進藤のお義兄さんだ。
つまり、響さんのご主人。
進藤は彼が代表取締をしている早瀬デザイン事務所で将来は働くつもりでいるのか。
進藤の話が頭にすんなりと入って来ない。


「会社に入って一番は、
やっぱり夏希さんと出逢えたことですかね。
僕はそれが一番の収穫だと思ってます。」

と、進藤が少し照れながら話している。



「ということは会社を近いうちに辞めてしまうの?」

私はその近いうちをハッキリさせたくて聞いてみる。



「え、あ、はい。
って、夏希さん、今の僕の言葉、聞いていました?
夏希さんと出逢えて嬉しいって話ですよ。
まったく反応がないって、どういうことですか?」



「だって…進藤が会社を辞めちゃうってことで、今、頭がいっぱいなの。」



「そうですね・・・まだいつ辞めるかは決めていませんが、隆之介さんからは3、4年は修行して来いと言われてます。
そろそろかなって。」

私は急に淋しさでいっぱいになった。
進藤が会社を辞めてしまうなんて、一ミリも思っていなかった。








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