登山ガール
私がキョロキョロして、改札を通らなかったからか、由美ちゃんが声をかけてきた。

「えっと、チャージが足らないからお金を入れたいんだけど、あの機会が見あたらなくて。」

「あぁ。それなら一回改札を出て、切符の販売機でチャージして、戻ってタッチするんだよ。ほらここは無人駅だから。」

「へぇ~、そうなんだ。」

お金を払わずに乗る人も結構いそうな気がするなぁ。

「花菜ちゃん、今変なことを考えなかった?お金を払わない人がいるとか。」

「凄い。よく分かったね。うん。今そんな事を思ったよ。」

意外なところで鋭いんだよなぁ、由美ちゃんって。

「言っておくけどね、山を登る人は駅や山、その近隣の人に迷惑を掛けないものなの。今から登れば分かるけど、すれ違う人には挨拶をするの。“こんにちは”とか“ありがとう”とか“お先に”とかね。人とのふれ合いも山登りの一つの醍醐味だよ。」

「結構奥が深いね、山登りって。私なんて山の事はさっぱりだから、由美ちゃんがいて助かったよ。先輩じゃ頼りにならないし。」

「頼りにならなくて悪かったわね。」

いつの間にか私の後ろに先輩が立っていた。

「まったくです。桜井先輩が頼りになればわたしの仕事が少しは減りますからね、少しは。」

「まったく。この後輩達は先輩を敬うって事を知らないのかねぇ。」

敬われる先輩になってほしい。仕事もだけど、今日みたいに私を巻き込むのは勘弁してほしい。

「じゃぁ、桜井先輩も来たことだし、行きますか。」

あれ?そう言えば。

「ねぇ由美ちゃん、今日ってなんて山に登るの?」

「桜井先輩、花菜ちゃんに話してなかったんですか?」

由美ちゃんが先輩を見ると、手を合わせ頭を下げていた。

「まったく。あたしが説明するから大丈夫って言ってたのに。じゃあ、説明するね。今日登るの山は、“滝子山”って山なの。標高は1610mの山でここから1時間ぐらい歩いて登山道を目指すの。飲み物が足らないなら、ここの駅の自販機で買っといた方がいいよ。後は登山道に着いたら話すね。」

「分かった。念のためにもう一本買ってくる。」

一応、リュックの中に1.5L入ってるけど、足らないと困るもんね。

「よし。では改めて、レッツゴー!」

「桜井先輩、そっちではないです。ちゃんと表札もあるじゃないですか。滝子山→って。」

先輩がいきなり違う道に進もうとしたところを由美ちゃんが制した。
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