きっかけは誕生日
「……なんの研究を始めたんです?」

「金井さんには関係ありません!」

 ぱっと雑誌を閉じたら、金井さんはクスクスと……いや、くつくつと意地悪そうに笑い始めた。

 この人、案外表情あるじゃないか。

 考えながら、ガランとした店内を見渡した。

「そう言えば、もう一人はお休みなんですか?」

 いつも話をする、店員のおじさんが見当たらない。

 ここに来て話すとしたら彼なのに、実は未だに名前は知らない。

 とりあえず、底抜けに明るいというか、屈託がないのだけは知っている。

「塚原さんは今日は早上がり。木曜の昼過ぎはいつもこうだから。だから、木曜は俺も早く店を閉めるよ」

「へえ……」

 呟くと、目の前に綺麗にカットされたエッグサンドイッチのお皿が置かれ、ついでみたいに一口サイズのチョコレートケーキも置かれた。

「…………」

「……家でも用意してあるんでしょ? それくらいなら、働いているうちに消費するよ、きっと」

「あ、ありがとうございます」

「いえいえ。ハッピーバースディ」

 そう言って、金井さんはお皿を拭き始めた。

 あまり話をする人じゃないよね。

 だけど、美味しいコーヒーを淹れてくれる。

 コーヒーを一口飲み、それからエッグサンドイッチを一口かじった。

 このお店が出来たのはいつだったかな。

 もう、3年くらいになるのかな。

 駅前のファーストフードに飽きて、コンビニ弁当も飽きた頃、なにやら工事していたな、と思った場所に白い壁が見えた。

 何が出来るんだろう、とか、確かに毎朝通る度に思っていた。

 何もない空き地に、ある日突然のショベルカーが入って、それから鉄筋が組み立てられて。

 一戸建てにしろ、マンションにしろ、敷地が狭い。

 何が出来るか気にしていたら、ある日突然に壁が出来ていた。

 白い壁、見えたのはフローリングの床材。

 出来上がったガラスドアには、coffee の文字。

 住宅地に近いこんな場所に嬉しいけれど、お店が出来るんだとびっくりした。

 そして夏休み明けのある日の昼休みに、お店の目の前に立つ金井さんを見つけた。
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