きっかけは誕生日
 お店の前でボンヤリと、今と似たような白いシャツに黒のパンツ。

 手には黒の布を持って立っていたから、最初はなんだろうと思って首を傾げた。

 じっと立っている金井さんは、感慨深いような、満足したような、実は何も考えていなさそうな、そんな横顔をしていた。

 それからふいに振り返るから、いきなり視線がぶつかった。

 そこで恋でも始まれば素敵な小説になったかもしれないけれど、現実の私の感想は“無表情な男の人”だという一点のみ。

 そうだ。金井さんは無表情な人だ。

 今日みたいに目を丸くしたり、面白そうな顔をしたり、くつくつ意地悪そうに笑ったりはしなかった。

 無言でペコリと頭を下げると、お店と私を見比べて、

「開店しました」

 それだけ言って、お店に入って行ったのよ。

 あれにはびっくりしたわ。この人は営業するつもりはあるのかと、心の底から呆れたわ。

 それが逆に面白くて、そのまま私もお店のドアを開けたのだけど。

 エッグサンドイッチを食べ終わり、コーヒーを飲んでから、チョコレートケーキを眺める。

 ここのケーキは何度か食べた事がある。

 本当に何回か……だけれど、とってつもなーく、美味しくて幸せになる味がするんだ。

 ……ここのブラックコーヒーに、チョコレートの組み合わせは罪だと思う。

 もう、罰が当たっても後悔しないくらいに罪作りなケーキを、金井さんは無表情で出してくる。

 一口じゃもったいない……けど、一口サイズだし。

 考えていたら、密かに吹き出されたような気がして顔を上げると、やっぱり困ったように笑っている金井さんが見えた。

「何を眉間にシワ寄せて悩んでいるんですか」

「や。もったいないなぁって」

「食べない方がもったいないよ」

 それはその通りなんですけどね。

「小柳さんは、コーヒーはブラックなのに、甘党だよね」

「……滅多に頼まないのに。よく解りますね」

「まぁ、あれだけ幸せそうに食べてもらえれば……誰でもわかるでしょ」

 わ、私……そんなにやけてケーキ食べているのかな?

 やだ。小さな子供ならともかく、昨日までは辛うじて20代だったけれど、そんな歳にもなってにやけてケーキつついていたわけ?

 それは恥ずかしいなんてもんじゃないわよ。

 恥ずかしすぎる出来事よ!
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