きっかけは誕生日
「絵本の読み聞かせ会で、子供たちに懐かれている小柳さんだとか、いつも真面目にきっちりしている小柳さんだとか」

「し、仕事ですから」

「でも、解らなかったのは、私生活だよね。小柳さんは私生活の話は一切しないって聞いた」

 そりゃ、面白味のある私生活ではありませんし、もちろん自慢できるような生活でもない。

 毎日定時に仕事に行き、定時に終ると真っ直ぐ家に帰る。

 寄り道するとすれば、たまに本屋によってブラブラするくらいで、家に帰ると本を読む生活。

「どうして気になるのか……を突き詰めて考えると、納得するしかないし。だけど、普段の小柳さんを見ていたら“男を必要としている”雰囲気でもないし」

 ……ですよね。
 私ですら今朝、初めてこれじゃいけないと思いました。

「だから、朝……小柳さんを電車で見つけた時には驚いた」

「え?」

「いつも乗っているのは知ってたんだけど、ただの顔見知り程度にしか思われていない人と、同じ電車って気詰まりだろうし」

 ……そうね。そうかも?

 あまり話したこともないカフェの店員さんと、カフェ以外の空間で鉢合わせて、どうしたら良いのかわからないかも。

 礼儀としては顔見知りだし、挨拶はしたと思うけど、朝から楽しく会話をするような仲でもないし。

「だから、きっかけにはなったかな。今日の小柳さんの格好は」

「そ、そうです……か」

「ついでに、彼氏もいないと解れば、後は押すしかないでしょう」

「お、押すって……」

「まぁ、多少は強引に話をしないとダメだろうと解る。だから、勘違いしてください」

 ケーキを指差し、それから首を傾げる金井さん。

「俺は、そのつもりだし。化粧してきたくらいで“綺麗だ”なんて言い始めた同僚さんとやらに負けたくないし」

「か、勝ち負けの問題ですか?」

「さぁ。こればかりは難しい。とりあえず、このままお持ち帰りさせてもらえれば、勝った気分にはなるけど」

「む、無理です」

「それは解るけど。まずはろうそくを吹き消しちゃいなよ。蝋がたれちゃうから」

 言われて吹き消すと、光源が少なくなって微かに暗くなる。

「誕生日おめでとう」

「ありがとう……」

 それから礼儀のように乾杯をして、届いた美味しそうな お料理を食べたけれど……味はほとんど解らなかった。
< 24 / 28 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop