きっかけは誕生日
「じゃ、そろそろ帰ろうか」

 ほとんど何も話さずに、頭をぐるぐるさせながらの食事に怒るわけでもなく、金井さんは楽しそうに立ち上がった。

「あ。お会計……」

「いいよ。誕生日プレゼント代わりにさせてもらえれば」

「でも……」

「小柳さん真面目だから、プレゼントなら受け取ってくれなさそうだし。それとも、ここ割り勘にして、何か俺にプレゼントさせてもらえる?」

「……ごちそうさま、です」

 お昼のお会計もまだなのに、ここのお会計までなんて、少し心苦しい気がするけれど、プレゼントを用意されたら気が引ける。

 会計を済ませると一緒に店を出て、それからすっかり夜になった夜空を見上げた。

 そう言えば、夜空を見上げたのは久しぶりな気がする。

「金井さん?」

「うん?」

「お返事……しなくてもいいんでしょうか?」

「すぐじゃなくてもいいよ。いきなり過ぎただろうし。それに、小柳さんは考えると思うし」

 考える時間をくれるんだ。

 金井さん。いい人だな。お洒落でもなんでもない平凡な私を……見ててくれたなんて。

 そうか……しっくりこなかったのは、きっとコレだよね。

 見た目が変わっただけで、何にも変わっていないのに。

 見た目が変わっただけで、何だか急に何かが変わってしまったような気がしていた。

 そりゃ。ダサいよりはかっこいい方がいいのかもしれないけれど……

 驚きながらも、普段通りだったのは……金井さんと主任くらいだったかも?

 思いながら人混みを抜けて、並んで歩きながら、金井さんがゆっくりと、私に合わせて歩いてくれている事に気がついた。

「あの……」

「はい?」

「私、今朝起きた時に……」

「うん?」

「30年、誰かを好きになったことも、誰かと付き合ったことも無いことに気がついたんです」

「あ。30歳になったんだ。おめでとう」

 って、ニッコリして言うけれど、そうじゃなくてですね?

「30年、一人だったんですよ? 普通に考えると少し重い女になりそうでしょう?」

「重くて結構だね。俺は36になるんだし、いつまでもふらふらしていられないし」
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