きっかけは誕生日
「おお。どうした」

 新聞を読んでいた父さんが、目を丸くして私を見る。

 貴方の妻に聞いてください。考えながら箸を手に取り、

「せっかくの誕生日だもの。お洒落したって罰はあたりませんよ。ついでにいい男を引っかけなさい」

 軽く言われて、箸を取り落とした。

 ママに“男を引っかけ”ろとか言われた?

 男を引っかける? 男の人は引っかけるもの?

 ポカンとしていると、父さんが意地悪く笑った。

「ユウにできるかね?」

「大丈夫でしょう。言うべきことはちゃんと言う子ですから。さぁ、さっさとご飯食べて行きなさい」

 とりあえず時計を見て、慌ててご飯を掻き込んだ。

 いつもより20分のタイムロス。

 いつもはゆっくり歩く道を今日は父さんの車に送られて、いつも通りの時刻の電車に飛び乗った。

 チュール素材のスカートの利点は軽いこと。
 そして風通しもやたらといい。

 季節的にはすでに暑いから、嬉しいと言えば嬉しいけれど、落ち着かない。

 自意識過剰だと言われそうだけど、年甲斐もなくこんな若者の格好をして、恥ずかしくないのかこのオバサンとか思われていないかな?

 朝からどこに行くつもりだよ、勘違い甚だしいとか、思われていそう。

 やっぱりやめておけば良かった。

 やめておけば───……

「小柳さん?」

 かけられた声に顔を上げると、少し息を切らせながら目を丸くしている金井さんを見つけた。

 金井さん。いつも昼に立ち寄るカフェで、と~っても美味しいコーヒーを淹れてくれるバリスタさん。

 いつもの様に黒いパンツに、白いシャツ姿がとても凛々しい。

 だけど、司書仲間の皆からは無愛想で嫌だともっぱらの噂の的。

 私も、こんな金井さんのキョトンとした顔、初めて見たわ。

「やっぱり小柳さんだ。今日は仕事じゃないんですか?」

「…………」
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