きっかけは誕生日
 仕事です! 仕事に行く途中です! 途中ですが、仕事に行く格好に見えませんか?

 見えないんだろう。

 パッと顔を赤らめると、ふいっと視線をそらせた。

「た、誕生日、なので」

「誕生日? ああ。おめでとうございます」

「あ、ありがとうございます」

「……なんだ。帰りはデートなんですか」

「…………」

 そんなわけがあるか!

 そんなわけがあれば、誕生日の朝にあんな重い気分で目覚める筈はない。

 朝っぱらから落ち込んで、憂鬱になって、ママに変なことを口走って、そしてこんな格好をさせられることもなかった。

「なかったのに……」

「は?」

 吊革にぶら下がるようにして立つ金井さん。

 そりゃー金井さんみたいにスペック高めなら、普通は誕生日も彼女と過ごすんでしょう。

 朝起きたら、デートが楽しみで、ウキウキしながらの目覚めはさぞかし楽しいでしょうよ。
 デートして、プレゼントもらって、美味しいディナーでも召し上がるんで……

 想像ならいくらでも出来るわ!

 だって、小学校の時のあだ名は『図書委員』中学校の時のあだ名は『清少納言』高校の時のあだ名は『ガリ勉』よ。

 別に勉強していたわけじゃないけれど、本を読んでいたら勝手につけられたあだ名だけれど、それだけに読んだ本は数知れずよ。

 だって、本の世界は無限だもの。

 本の世界の人物になりきって、異世界を冒険したり、知識を深めたり、笑ったり、泣いたり、楽しんだり……

 違う。これじゃダメなのよ。

 実生活がこれだからダメなのよ。

 確かに、本を読めばその世界に入り込んで、主人公の気持ちや気分になって、ウキウキしたり、ワクワクしたり、時には恋だってしちゃうけれど。

 それで満足しちゃったら、私は本当に『売れ残り図書館の人』になってしまう。

「変わるんです」

「はぁ……」

「変わって、人生謳歌するんです」

「まぁ、すでに変わった人だな、とは思いますが」

 はたりと気がついて、また顔を赤らめる。

 そうですね。いきなり友達でも何でもない、単によく行くだけのカフェの店員さんに、人生謳歌するんです……なんて発言は、かなりイタイ人でもしないだろう。
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