きっかけは誕生日
「……ところで、どうしたの?」

「え?」

 歩きながらも、急に飛び出したフランクな言葉に、キョトンとして金井さんを見上げる。

「誕生日デートでもないのに、いきなりそんなお洒落をして」

「あ……えーと。いろいろと、思うことがありまして」

 まさか朝っぱらから、これからの人生を悲観して愚痴ったら、ママにこれを着ろと強制され、しかも化粧までされたとは言えない。

「思うことが……ねぇ?」

 金井さんはニヤニヤしながら、何か含んだように言い放つ。

 べ、別にいいじゃないですか、私の心境の変化なんて、人様に公言するような内容じゃないし。

 そもそも、金井さんはよく行くカフェの店員さんと言うだけで、友達でもなんでもないし、男の人にするような話でもない。

 ……それに、会話したのも初めてじゃない?

 いつもランチは金井さんのところのカフェで食べるけど、一人の時だって私は食べながら文庫本を読んでいるし……それ以外は、他の店員さんとお話をしている。

 それに、同じ電車に乗って通勤しているのすら知らなかった。

「そう言えば、同じ路線なんですね」

「ああ。そうみたいだね。いつもは一本遅いのに乗るんです」

「そうなんですか……」

「駆け込んでみたら間に合ったので、乗ってみたら小柳さんがいてビックリしました」

 そう言えば、少し息を弾ませていたな……と、頭の片隅で思う。

「それにしても小柳さん」

「はい?」

「下着がダークブルーだとは思いませんでした」

 一瞬、何を言われたのか頭で理解するまで数秒。

 気づいた瞬間、ばっとスカートを押さえた。

「し、した……下着」

「スカート。気を付けた方がいいかも? 女性は大変ですね」

 言いながら鍵を取り出し、

「じゃ、また昼に」

 カフェのドアの鍵を開けると、カランカランとドアベルの音を鳴らしながら、金井さんは出勤していった。

「…………」

 ふ、普通の男性は、気がついても見て見ぬふりをしてくださるものです!

 なんて人、なんて……

 なんて男だ!
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