俺様主人の拾われペット
噛まれた首が痛かった。
掴まれた腕も痛くて
私は体を起こして部屋を出る。
体も痛いけど
心が1番痛い。
部屋を出て見える1階には
仁美さんの姿はなくて。
2階に上がる階段に
花崎さんだけが歩いていた。
「花崎さん…仁美さんはどこへ?」
「仁美様なら外出なさりました。
…何かあったのですか?」
花崎さんが優しく私に問う。
腰を屈めて子供を慰めるように
優しく顔を覗き込んだ。
「…仁美さんを、怒らせてしまったんです…。」
私は花崎さんに連れられて1階にあるソファに座らせられた。
そこで花崎さんが淹れてくれた紅茶を飲みながら、事情を全て説明した。
「仁美様がそんなことを…。」
花崎さんは私の話を聞いて少し黙った後
優しく私に告げた。
「それはきっと、仁美様が千夏様を特別に想っていらっしゃるからじゃないですかね?」
「え…。」
花崎さんの言葉に私は目を丸くする。
「…仁美様は昔からご両親が忙しくて
1人でいることが多かったんです。
仁美様は何も不満をこぼしたりすることはありませんでしたが…
きっと、寂しかったんじゃないですかね。
だから千夏様がこの家に来てから
寂しい思いをさせないように
なるべく一緒にいるように心がけていました。」
花崎さんから言われた言葉に
私は初めて仁美さんの行動の意図を知った。
朝わざわざ起こしに来てくれてたのも
朝食や夕食は必ず一緒に食べていたのも
学校の送り迎えを欠かさずしてくれてたのも…
(全部…私のために…。)
「…ですがきっとそれは千夏様だけのためではなくて…
きっと自分自身も、千夏様と一緒にいることでどこか安心していんだと思います。」
花崎さんがそう言って私のティーカップに紅茶のおかわりを入れる。
「ですが今日、千夏様が他の男性と一緒にいるのを見て
悲しくなってしまったんでしょうね。
…千夏様もまた、自分から離れて行くんじゃないかって。」
花崎さんが少し下を向きながらそう言った。
仁美さんは、私が仁美さんのところを
離れるんじゃないかと思って
怒っていた…ってこと?
「……仁美様も独占欲が強いですね。」
「え?」
花崎さんがボソッと小さな声で呟いたが
よく聞こえなかった。
花崎さんは優しく微笑むと
飲み終わった私のティーカップを持って
片付けに行ってしまった。
(…帰ってきたら仁美さんに、ちゃんと謝ろう。)
あと、ちゃんとお礼も言わなきゃ。
きっと私が両親がいない孤児だってことも知っているから
余計に考えさせたと思うんだよね。
…今日のことは、本当に申し訳ない。
(私も…次は私が、仁美さんに寂しい思いをさせないように気をつけなきゃ。)
そう思って、私はソファに座って
仁美さんを待つことにした。
「…あれは嫉妬、だよな…。」
花崎さんが1人でそう呟いたのなんて知らずに。