恋愛症候群


「それから大学に進学しても、
相変わらず音楽に浸ってたんだ」


地元を完全に離れて、
バンドの仲間と一緒に
東京の大学に進学した

大学で勉強しながら
バンドを続けていく中で、
ライブ活動も増えて
いろんな繋がりも出来た

東京には様々なジャンルの音楽で
活動しているバンドが沢山あって
凄く刺激を受けた


「もちろん、いろんな人と知り合うから
いろんな考えに触れるわけで

その中で音楽に対する考えの違いとか
少しずつ出て来てさ

初めて組んだバンドは、大学2年の時に
解散することになったんだ…」

あの時の皆は、どうしてるか分からない
皆元気にやってるのかな、って
徹也は少し寂しそうな顔で笑った


そのあとはまた、他のバンドに入って
また自分たちだけの音楽を作って

皆で朝まで飲みながら語り明かしたり
夜の街中で路上ライブしたり

もちろん、彼女とデートしたり
一日中狂ったように
セックスする日もあった

「それでも俺のなかでは音楽が一番でさ
それが原因で何回フラれたかな」

しょうもないやつだよね、なんて言って
ポケットから煙草を出しながら
徹也はちょっと苦笑いした

『でも徹也にとって音楽は
徹也そのもの、なんでしょう?』

私は徹也の煙草にライターで
そっと火を点けながら、そう言った

そしたら徹也は少し驚いた顔をして
私を見た

「そんな風に言ってくれたの、
愛美が初めて。

音楽と私、どっちが大事なの、って
最後には皆そう言うんだ

俺、っていう人間を作ってくれてる
音楽っていうものを
一緒に共有してくれる子はいなかった」

私がそっと差し出した灰皿に、
トントン、と灰を落として
ありがとう、って徹也は言った

『そっかぁ…
でも女の子は皆、独占欲の塊で
自分よりも優先される音楽に
きっと嫉妬してしまったのね』

最初は音楽を好きな徹也を好きになって
でもいつしかその音楽を羨むようになって
そしてその音楽を嫌いになって

最後には徹也には私が見えてない、って
自ら遠ざけてしまう

徹也が作る音楽があったから
二人は出会って結び付けられたのに
その音楽は好きになれないなんて

『女って、我儘な生き物ね』

私はポツリと、そう呟いた

そう言ったら徹也は私を見つめて

「男のほうが、よっぽど我儘だよ

人間皆、そんな器用な生き物じゃない

それなのに、全部好きになってほしい
なんて、我儘もいいとこでしょ」

そう言って、バカだよなぁ、って
煙草の煙をふーっと吹き出した

徹也の煙はそのまま上に流れて
他のひとの吹き出した煙と混じって
分からなくなってしまった

「なんか長話しちゃったね、ごめん」

灰皿に煙草を押し付けて火を消してから
徹也は私に耳貸して、って言った

私は肩まである髪を耳にかけて、
徹也に少し近付いた

「ね、愛美
今度俺のアパートに遊びにおいでよ

俺が好きなもの、愛美に知って欲しい」

本当はお店の外でお客さんと会うのは
基本的に良くないこと

それは、この子とは外で会えるから、
お店に来なくてもいいって思われるのと

例えは無理矢理襲われてしまうような
危険なことがあっても助けられない

だから徹也も、こっそり私に話した

ダメだと教えられてたけど

その時の私は、徹也をもっと知りたくて

今まで私と関わりの無かったタイプの
徹也っていう人を少しずつ知って
惹かれている気持ちが強かった

だから徹也の誘いにいいのかな、って
少しの不安を感じながらも
行きたい、って返事をしたんだ



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