イジワル上司と秘密恋愛

——こんなことで迷う自分が、悲しい。

もし私がちゃんとした恋人だったなら、ふたりの将来を考えてもいい立場だったなら、きっと迷わず彼に着いていくと言えたのに。

遊ばれているだけの恋に人生を捧げるような真似——頷けるワケないじゃない。

「……少し、考えさせて下さい」

沈んだ声で言った私に、綾部さんはあやすように頭を撫でて「うん、そうしな」と優しく頷いてくれた。

そして抱きついていた私の身体をそっと離し、再び背を向けてワイシャツのボタンを留め出した綾部さんに……私はつい、投げ掛けてしまった。

「……“マリ”さんは一緒なんですか?」

口にしてはいけない名前を。

綾部さんはあきらかに驚いた様子で振り返ったけれど、その顔に後ろめたさや気まずさは驚くほどなかった。

「あれ? “マリ”のこと知ってたの?」

私に彼女の名を紡がせたことに、これっぽっちも罪悪感を持っていない返答だった。

改めてこのひとは酷い男だと、胸が不快に痛み出す。しかも。
 
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