イジワル上司と秘密恋愛
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呆然と立ち尽くす私を見やりもせず綾部さんが部屋を出て行ったあの日から、1週間が経った。
私のスマホを定期的に鳴らす名前の表示は、『綾部さん』から『木下くん』に変わり、望んだ通りの生活が始まったはずなのに。
「……はぁ……」
毎日毎日、口からは溜息ばかりが零れ続ける。
気持ちを全部ぶちまけて、さっぱり終わったはずの恋。沈みかけていた泥沼から抜け出せたというのに、ただただ大きな喪失感しか感じられなかった。
綾部さんとの接触は、完全に付き合う前の状態に戻った。形だけは。
普通に上司と部下として、特に避けるようなこともせず接している。
ただし、私は彼とふたりきりになることが恐くて、始業の三十分前に来ていた習慣をやめてしまったけれど。
そうして綾部さんを失った傷を埋めるように、木下くんと会う日が増えた。
彼は約束通り朝や終業後などこまめに連絡をくれて、私が寂しくしていないか心配して会いに来てくれることもある。
『寂しかったらすぐ呼べよ。ひとりでいると不安で間違った選択しちゃうからな』
私のマンションに駆けつけた木下くんは頼もしくそう笑って、温かい手でぎゅうっと抱きしめてくれた。