イジワル上司と秘密恋愛
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『綾部さんなんか大嫌い』
そう紡ぐときの志乃は、拗ねたような表情の中にいっぱい甘えを隠している。
『もっと愛して、私のこと』
そう言っているようにしか俺には聞こえない。
だから俺は彼女が『嫌い』と嘯くたびに『好きだよ』と返し優しいキスを与えた。
「——けっこう可愛がってやってるつもりなんだけどなあ……」
志乃と付き合いだしてからの一ヶ月を振り返り、静かな夜の自室でひとり呟く。
「まだ俺の愛情が足りないのかな。どう思う、マリリン?」
そんなことを尋ねながらピンセットにつまんだ餌のワームをケージの中に入れると、ヤモリのマリリンは大きな目で俺を見やってから餌にかぶりついた。
マリリンはヒョウモントカゲモドキという種のヤモリで、もう三年以上飼育している俺の可愛いペットだ。臭いもないし噛んだり鳴いたりもしないいい子だけど、爬虫類と云うだけで世の中には嫌悪を示す人間も多いので、こいつを飼ってることはあまり人には話していない。それは、志乃にもだった。
このままでは部屋に呼ぶことも出来ないのでいずれ打ち明けなければと思っているんだけど。
「……マリはまだしも虫は嫌がるかもな」
俺はピンセットに挟んだ、まだ生きて蠢いているワームを眺めながらぼやいた。