イジワル上司と秘密恋愛
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「綾部さん、見て見て。すごく大きな葉っぱ。こんな大きな楓、東京じゃなかなか見られませんよね」
週末、甲信越の温泉に旅行に来た俺たちは、風呂に入る前に色付き始めた山を散策した。
旅行という解放的な状況のせいだろうか、志乃はいつもよりとても素直で子供のようにはしゃいでいる。
まだらに赤くなった楓の葉を持ち、嬉しそうに俺に駆け寄ってくる姿には思わず目もとが緩んだ。
「本当だ、立派だな。やっぱ土や水がいいと育ちが違うんだな」
「あ、綾部さん、見て。もうドングリが落ちてる。懐かしいなあ、子供の頃よく拾ったっけ」
目をキラキラさせながら道端にしゃがみ込んで木の実を手にとる志乃は本当に可愛らしくていつまでも眺めていたいと思ったけれど。
「少し風が冷たくなってきた。そろそろ戻ろうか」
そう促して、俺は彼女の手をとり立ち上がらせてから頭のてっぺんにひとつキスを落とす。
——早く志乃を抱きたい。
意地っ張りな彼女が連続して見せる素直であどけない笑顔に、溢れるほどの愛しさが抑えきれなくなってきた。
強く抱きしめて、身体中にキスをしてやりたい。そんな愛情と劣情に囚われた俺に、志乃は照れくさそうに笑いかけると、甘えるように腕を捕まえ身体を寄せて歩き出した。