イジワル上司と秘密恋愛
なにが彼女の逆鱗に触れたかは分からない。
遠距離恋愛をするか、それとも志乃もいずれ関西へ来るか、よく考えて欲しいと恋人としてごく普通の相談をしたつもりだった。
なのに志乃は背を向け再び身支度を始めた俺に、突然怒りを露にした。
「大っきらい! 綾部さんなんか! 私、絶対関西なんかに行かない! あなたなんかに付いていかない! 馬鹿にしないで!」
——後から考えれば、もしかしたら彼女は俺に出世をあきらめてでも関東に残る選択をして欲しかったのかもしれない。
けど、それならそうと言えばいいし、何より彼女が続けざまに放った言葉が俺には信じ難かった。
「こんな恋したくなかった! 綾部さんなんか好きになりたくなかった! ちゃんと……ささやかでいいから、純粋で、まっすぐな恋がしたかった……! きちんと私を愛してくれる人に、身体も心も捧げたかったのに……」
——彼女に抱いていた情熱が、一気に冷めていくのが分かる。
どんなに意地を張られようと志乃は俺のことが好きで、愛し続けてやればいつかは素直になると信じていたからこそ、俺は彼女に恋をし続けていた。
けれど志乃は、そうじゃなかった。
この恋は滑稽なほど一方通行で、彼女は本気で迷惑だとさえ思っていたと——教えられた。