イジワル上司と秘密恋愛

……もうこれ以上、志乃を追いかけ続ける理由などどこにあるというのか。

めいっぱい掛けていた愛情は彼女の目には“遊び”にしか映っていなくて、初めて抱いた夜のことさえ彼女の中では“奪われた”つらい記憶でしかなかったらしい。

こんなに落胆したのはいつ以来だろう。

「お前の望みどおり別れよう。もうここにも来ない」

最後に大人らしい優しい言葉も、綺麗なさよならさえも紡げないまま、俺は彼女を一度も振り返ることなく部屋を出た。


***


西日本事業所への異動話は、失恋の傷心を紛らわせるにはちょうど良かった。

こちらの引継ぎと向こうへ行くための準備と、せわしない日常のおかげであからさまに落ち込まずに済んだのは運が良かったと言える。

志乃も会社では特に変わった様子は見せず、案外こんなもんかと思えるほど平穏に日常は過ぎていった。
 
< 137 / 239 >

この作品をシェア

pagetop