イジワル上司と秘密恋愛

「あ……綾部さんだ」

二時間近くも粘った甲斐があって、夜の八時過ぎ、カフェの面している歩道を綾部さんが歩いていくのを見つけた。

慌てて支払いをして店を飛び出し、彼の向かった方向へと走り出す。

そして彼の姿を駅前で見つけた私は「綾部さん!」と呼びかけようとして……咄嗟に口を噤んだ。


——……ああ、そっか……そうだよね。


それは、心のどこかで覚悟していた光景。綾部さんは駅の入口に向かって軽く手を上げると、隅に立っている女の人に向かって歩いていった。

もう……彼女がいるんだ。

ふんわりとパーマのかかったミディアムヘアーにハッキリとした目鼻立ちの美人。綾部さんととてもお似合いの大人っぽい雰囲気の女性は、彼の姿を見つけとても嬉しそうに笑顔を浮かべていた。

その幸せそうな笑みとふたりの距離感に、遠目にでも恋人なんだということが窺える。

私は遠くからその光景を立ち尽くすように眺めたあと、そっと踵を返し駅とは反対方向へ向かって歩き出した。
 
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