イジワル上司と秘密恋愛
彼を目にした私の胸が、ほのかな期待で高鳴ってしまう。
綾部さんも当然私が階段から落ちたことは耳にしているはずだ。それに周囲が過剰に心配してしまうほどの痛ましい見た目。
……優しい綾部さんなら、きっと声をかけてくれるはず。
そんな期待を抱いてしまった。
少しでもいい、綾部さんと話がしたい。例えきっかけがこんな怪我であっても。
そんないじましい思いを高鳴る胸に抱きながら、視界の隅で彼の姿を捉えていたけれど。
——……え……。
私の期待とは裏腹に、声をかけるどころか綾部さんはこちらを向くことすらせずに後ろを通り過ぎていった。
そしてまっすぐ新海課長の席へ向かい話を始めた彼の後姿を視線だけ動かし呆然と眺めながら、私は自分の気持ちがみるみる落ち込んでいくのを感じた。
心配して欲しいだなんて……図々しかったのかな。私、やっぱり考えが甘いのかな……。
この間のエレベーターのときに笑顔を見せてくれたせいで、綾部さんは私を嫌ってはいないなんて思ったのは、勝手な勘違いだったのかもしれない。
あれはやっぱりただの社交辞令で、彼は極力私と拘わりたくないと思ってるんだ。
怪我をしている私の姿を目に捉えながら、それでも無言で通り過ぎていった綾部さんの態度は、私をそう落胆させるのに充分なものだった。