イジワル上司と秘密恋愛
いくらなんでもプロポーズを断った直後で、なんだか気まずさを感じるのではないかと思っていたのは私だけのようで、木下くんは帰りに車で送ってくれるまでずっと明るいままだった。
「もし何か悩みや困ったことがあったらすぐ相談してくれよ。俺、いつでも力になるから」
そう言ってくれた彼に、私は得体の知れない相手に嫌がらせを受けていることを相談しようかと迷ったけれど、結局やめた。
彼のプロポーズを受け容れる可能性のないうちはむやみに頼るべきじゃないと思ったからだ。
「いつもありがとう。でも大丈夫だよ。それより木下くんこそ何か困ったことがあったら言って。たまには私の方が力になりたいから」
せめて友人として彼の力になれることがあるなら、少しでも恩返しがしたいと思ってそう言うと、木下くんはハンドルを握って前を向いたまま少し複雑な表情を浮かべた。
「なにか困ってることあるの?」
尋ねた私に彼は珍しく歯切れ悪く答える。
「んー……いや、別にないよ」
そのどこか白々しい答えに、少しショックを受けた。
——頼らせてはくれるけれど、頼ってはくれないんだ……。
「そう? でも困ったことがあったらいつでも言ってね」
口では明るく返しながらも、胸には小さな燻りが残った。