イジワル上司と秘密恋愛
「……生意気じゃないです」
「じゃあ、意地っ張りだ」
綾部さんの言葉のひとつひとつが、全部ときめきになって胸を高鳴らせる。
もうこの人を想うのはやめたいのに。彼とのいい思い出なんかひとつもないのに。
私を本当に好きだったことなんか一度もないのだから、もう優しくしないで欲しい。
「じゃあ綾部さんは……イジワルな男です」
彼の方を向かずに拗ねたように呟いた。
少しだけ流れる沈黙。そのとき出入口のほうから「絵付けの方は郵送用の番号札を付けてください」と係りの人がみんなに声をかけてきたので、教室の中の人が一斉にそちらへと向かっていく。
わたしも取りにいかなきゃ、と思って立ち上がったとき。
「春澤」
「え?」
とつぜん呼びかけられて振り向いた瞬間——キスをされた。
一瞬だったから、自分でも何が起きたのか分からなかった。
けれど、綾部さんは確かに……まるでみんなの目を盗んで悪戯のように……私に唇を重ねた。
そして、呆然とする私に向かってふっと妖しく目を細めて笑うと、
「ほら、番号札取りにいくぞ」
と言って、先に出入口へ向かって歩いていってしまった。