イジワル上司と秘密恋愛


それからも、綾部さんの態度は冷静だった。

番号札をもらったあとはまた普通に絵付けをして、「俺、こーいうののセンスないみたいだ」なんて苦笑いを零して。

そんな何気ない言葉やしぐさでも何もかもが私にはもう胸を締めつけるものにしかならなくて、このまま彼に抱きつきたい衝動を抑えるだけで精一杯になる。

そして完成したものを一緒に係りの人に渡すと綾部さんは、「いい思い出になったな」なんて優しく微笑んでから、「それじゃあ、また」と軽く手を上げて他の人たちのところへ行ってしまった。

「春澤ちゃん、絵付けどうだった?」

「あ、片桐さん……」

ボンヤリと綾部さんの後姿を眺め続けていたら、和紙作り体験から戻ってきた片桐さんに声をかけられた。

「楽しかったけど、焼き上がるのは二週間後みたい」

「そうなんだ? 和紙も楽しかったよ、名刺作ったから後で見せてあげるね」

まだ治まらない胸のときめきを感じながら、私は片桐さんと一緒に集合場所へと戻っていく。

途中、綾部さんの後ろを通り過ぎるとき、ふと懐かしいムスクの香りを感じた気がした。

 
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