イジワル上司と秘密恋愛
「あの……ちょっとお聞きしたいんですが、崩台ホテルってここから近いんですか?」
従業員に尋ねてみると彼は少し考える素振りを見せてから、
「そうですね、ここからタクシーで十分もかからないところです」
と教えてくれた。
「ありがとうございます」
私は封筒を胸に抱きしめると部屋へ戻り、時計を見てから着替えを始める。
呼び出されてのこのこ付いていくなんて、自分でも馬鹿だと思う。
けれど……今日ふいうちのキスをされたことが、私の気持ちを抑えきれなくしていた。
——綾部さんとふたりきりで会いたい。けど……
今度は流されるまま浮気相手になんかなりたくない。
今度こそちゃんと気持ちを伝えるんだ。綾部さんが好きです、と。そして素直なままの私を見せて——『私を選んでください』って、きちんと言おう。
それで綾部さんがマリさんを選ぶのなら、もう仕方がない。
浮気相手にはなりたくない。弄ぶ真似はしないで欲しいとちゃんと訴えるんだ。
もう不毛な恋はしない。抱かれた後につらくて泣いてばかりいる恋はしない。
自分が傷つく恋も、誰かが傷つく恋も——二度としない。
私は強く決心を固めると部屋から出てフロントへと向かった。
そこでタクシーを呼んでもらい、待ち合わせの崩台ホテルへと出発させる。
この恋に、最後のけじめをつけるために。