イジワル上司と秘密恋愛
だって……綾部さんが忘れられないだなんて、そんな……まさか。
「俺、お前が思ってるほど大人でも紳士でもないからな。好きだった子にこっぴどく振られて、それでも別れなければ良かったなんて後悔するような馬鹿な男だぞ」
照れているのか拗ねたような口調で言われてしまい、こちらの方が動揺してしまう。
そんな私の頭を可笑しそうにクシャリと撫でると、綾部さんは再び表情を引き結んで話し出した。
「でも、麻里絵は納得してくれなかった。もともと我の強い女だったから、二度も俺が手に入らないことが許せないらしくてかなり揉めたよ。最後には勝手に家に侵入されたり、スマホのデータを盗まれたり、ストーカーまがいなことを始めた。それでも、矛先が俺に向く分には納得できたんだけど……」
その言葉の続きは、言われなくても分かる。
今、その矛先が誰に向いているのか。身をもって一番知っているのは私だから。
「春澤のことは麻里絵に話したりしてない。けど、一般職の身で関東事業所から俺と同じ事業部へ来た春澤のことを、麻里絵は疑うようになった。違うと言っても麻里絵は聞く耳を持たず、彼女に未だ惚れ込んでる新海を使って春澤の周辺を探り始めた。だから俺は、新海の目があるときは必要以上にお前を突き放すようにするしかなくて……」
そこまで話すと、綾部さんはそっと手を伸ばし労わるように私の髪を撫でた。
「ごめんな。冷たくしたくなんかなかったけど、それしか方法がなかったんだ」